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りょうてつのこうどう

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フィリピンでニワトリを絞める

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フィリピンに滞在中にニワトリを絞めました。現地に知り合いの知り合いの方がいらっしゃり、その方のお宅でご飯を御馳走になる時に飼っているニワトリを絞めるという事で私も体験をさせていただきました。

 

 

 

食べものとの乖離

 

鶏肉と言うものは「ケンタッキー」のようなフライドチキンのイメージがありました。月並みではありますがニワトリという生き物をリアルにチキンから想像したことが無かったので生き物を食べる感覚を知らされました。

 

写真は載せておりませんがここからはニワトリを絞めた体験を簡単に述べていきますので不快に思われる可能性があります。敏感な方はお読みいただかない方がいいかもしれません。

 

生きているニワトリを捕まえます。そしてニワトリの足を縛ります。外にある洗面所まで持っていき、頭と体を持ちます。そして首の骨を折ります。ここが私は苦しかったです。骨なので当たりまえですがバキッと鳴ります。生きている動物の首の骨を折る体験をしたことがありませんでしたので躊躇をしました。

 

この「殺す」があってこその「チキン」です。このニワトリを食べるので悪い事をしているわけではありません。しかし「殺す」ということに変わりはありません。

 

次に血抜きをします。首の一部を切って下に向ける事で血を排水溝へ流していきます。臭いを取る為だと記憶しております。

 

続いて羽をむしっていきます。意外と簡単に羽というものはむしれるのだなと思いました。人間の髪の毛をむしったらこんな感じなのかな、と羅生門のシーンを思い出しながら行いました。

 

それからさばいていきます。ここからは現地の方にお任せしました。

 

ニワトリを絞めてみて。

私は感情的には負の感情でした。頭では仕方のない事だと分かっていても感情はどうしても出てきます。

その後日本に帰ってからもチキンを食べています。その度にあのニワトリが頭をよぎる、なんてことはありません。しかし、あの日の体験で「日常」は色んな方の上に成り立っているという事は意識を多少なりともするようになりました。意識、というよりも頭の中の知識の一つとして増えたイメージです。

 

これはニワトリや食品に限った話ではなく、社会生活も同じだと思います。他の方がどこかで誰かの為に感情を殺しているから誰かの利便性や幸福が保たれております。

他の生物が殺されているから人間が生きていけます。

 

全てに通じた話だな、と思いながら絞めたニワトリを食べた夜、考えました。

 

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